JCAABE建築まちづくりデザイン・コンクール2024 日常と非常時をつなぐデザイン
結果発表 学生部門
【全体総評】
日常と非常時をつなぐデザインは、防災の概念を拡げ日常の活動に繋げることができます。一方、普段の活動が防災に繋がれば、いざという時にしっかりと対応ができ復興に進めます。
このコンクールを実施するに当たって、1年間かけてクライテリアを議論してきましたが、公開審査会では正しくそれを深堀する形となりました。建築とまちづくりを合わせて捉えることにおいて、ハードとソフトのバランスの意味合い、日常の活動から非常時を捉える思考、防災活動から日常に繋げる思考を含めバリエーションのある応募が、全国から54作品(一般16,学生38)、集まりました。その中でコミットが強く、伝播力がある優れたものが選ばれました。
一般部門において特筆できる点として、設計時に特に災害時の使い方を意識していなかった建築を、災害時の使われ方をイメージして再読取りが行われたことです。これは、目的があっての空間づくりという従来の建築計画学の逆転現象が生じているとも捉えられます。これは事前復興まちづくり活動において、タカラ(復興資源)やアラ(危ない所)を住民と一緒に探すときの状況に似ています。この意味において、優れた建築作品は、結果として非常時にも役に立ついうことが、当コンクールで表出した形となりました。
学生部門においては既存の災害時に問題が生じやすい木密エリアの改善や災害時に必要なパーツに注目したデザインや地盤そのものを大きく扱ったもの、建築そのものを日常と非常時の有効性を合わせて持つものなど、魅力的でかつ力のある作品が集まりました。それ故に、審査会では議論となりました。そこで勝敗を分けたのは、やはり学生らしい夢を感じさせるダイナミックな作品であり、実現性は横において将来の可能性が重要視され、未解決な部分は協議をして解決するという人の繋がりが生じる点が評価されました。
当コンクールは、優れたものを選ぶということだけではなく、日常と非常時をつなぐデザインについて、自分事として考えてもらいたいという運動的意味合いがあります。これは公開審査の中で審査員の熱いディスカッションを通して、それぞれが自分の視点で深堀りできたのではないかと思われます。この点において審査員に方々には心から感謝の意を表します。建築とまちづくりをつなぐ意味、人と人を繋ぐ意味が、この「いまともしもコンクール」のプロセスを通して再確認できたのも大きな成果であり、今後のJCAABEの活動の推進力になるような気がしました。是非、作品と審査員講評を読み込んでいただければと思います。
最優秀賞都市の奈落-浮沈する街並み (奥井温大)
貯水量に合わせて浮沈するまち舞台が生み出す新たな景観を提案します。現在、都市における水害の対策として堤防や調節池の建設などで対応していますが、その結果、人々は水辺から遠ざかり、水害の兆しに気づきにくくなっています。人々と水辺の距離をもう一度近づけ、災害を可視化することで住民に避難を促す。そんな減災施設が必要ではないでしょうか。
水害の危険性が高い大阪の京橋に調節池をつくり建物を浮かべます。日常時には建物屋上が道路とそろうため広大な公園として開放し、地下に行くにつれ地域住民や社会人が利用するカフェや貸しオフィス、図書館などを設けます。非常時には調節池として雨水を取り込むことで建物全体がせり上がり避難所として機能します。
また、水害の危険性が高いところに増やすことで都市に新たな景観を生み出します。水上に浮かべたオフィスや住宅など国内外で建設されている今、果たしてこの提案が成立する未来はないと断言できるでしょうか。新たな水害への対策、まちづくりを考えるきっかけになればと思います。
中川エリカ賞オフグリッドオフロ (永田典久、中野耕太郎)
停電・断水の発生など非常時には都市機能の維持が難しくなるが、この作品は電気や水道などの公共インフラに依存せずに自給自足で稼働するオフグリッドの温浴施設である。現在の都市において、豊富に存在しつつある、ジムのエネルギー生産性に着目した提案。
自然エネルギーや資源循環利用を基軸とし、持続可能性などの社会課題を解くとともに、災害発生時に停電や断水が起こった場合でも、その機能を維持し、被災者に入浴の機会を提供することが可能である。「オフグリッドオフロ」は建物内の機能を自然エネルギーと人々の活動によって維持している具体的に筋トレによって生まれたエネルギーを元にして、給水や加熱を行う。
誰かが筋トレすることで、誰かがお風呂に入ることができる。何気ない人々の活動が建物、人を支えている。これは日常でも非常時でも変わることはない。災害に備えることなく、非常にも機能を維持することができるデザインが日常と非常時をつなぎ「防災」の捉え方を変えるのではないか。
津川恵理賞繕いの解体新処 (大竹平)
戦後の闇市を起源とする大阪の鶴橋商店街。そこには、闇市当時から脈々と受け継がれてきた独特な商いの仕方とそれらの集積による猥雑な空間性が未だに現存している。私はこのような空間性を【闇市的商業領域】と呼称している。だが、商いの力(ソフト)がある一方で、店舗(ハード)は構造限界を迎え、木蜜地域が故に火災対策にも問題が見受けられる。
そこで、店舗の外壁を型枠材に、コンクリートの「壁」を打設する施工法を提案する。「壁」は店舗を裏側から補強し、また防火壁として機能することで、可能な限り表通りの風景を遺し続ける。また、仮に補強後に店舗が解体されようとも、その壁と壁が囲う余白に【闇市的商業領域】が侵食し、日常の風景や商いの継承が行われるだろう。
防災とは常に未来を見据えた概念である。そのために現代の街と齟齬が生じてしまう。もしもに対応できる機能を持たせつつ、今をそっと包み込み、その面影を次のもしもと重ねていく。これは、過去を看取るための防災のあり方の提案。
西田司賞事前改体はまちを創造する (岡本侑也、小磯佑真)
2024年能登半島地震。地震による被害や将来まちに起こりうる問題が露呈した。私たちは発災を待つことしかできなかったのか。対象地である石川県七尾市では空き家率が高く、液状化のリスクも比較的高い地域である。私たちは、『事前改体』を通して段階的に七尾市のまちづくり提案を行う。
はじめに事前活用・解体のため、空き地・空き家の所有者と活用に対する意向を把握する。所有者の把握が災害時のスムーズな解体につながる。次に、放置空き家や倒壊危険家屋を事前に解体・改修する。そうすることで災害時の周辺への被害の拡大と災害後の解体業者不足を未然に防ぐ。最後に、あらかじめ解体資材は分別・再利用し、住民自らがコンテナを制作する。これらを空き地や解体跡地に配置することで、日常時は地域コミュニティ形成の場、非常時は一時シェルターや復興拠点として機能する。
築年数や家族構成を事前に把握し、段階的に解体や改修・補強を進める。そうすることでまちは常に更新され、日常や非常時に起こりうる問題に対応し続けるレジリエントなまちになるのではないか。
山本想太郎賞都邑湊-水上インフラを見据えた防災船着場の更新計画- (山田蒼大)
首都高地下化によりスローモビリティが表に現れる日本橋に日常利用される防災船着場を計画しました。卒業研究により、災害時の物資・人員の輸送目的である防災船着場は認知度が低く、舟運拠点の整備が不十分であるのが現状であることがわかりました。
江戸時代の川沿いは水害を受けやすい一方、都市の表として人々が集まる弱くて柔らかい境界であったのに対して、現代の川と街の境界は強くて固い堤防で守られています。そこで、これからの境界には強くて柔らかいインフラが求められると仮説を立て、柔らかい境界と水景の記録から、座れる場所や眺める場所など、身体スケールな所作を導く形態を土木スケールな堤防に挿入することで、固い境界が柔らかい居場所になるよう設計しました。
「もしも」がひっそりと佇む日常の中で人が集まることが備えになる防災船着場は、災害時に物資・人員輸送の拠点になります。五街道の起点であった日本橋を布石として、都市の輪郭を描くように水上交通インフラが推進されることを目指します。
泉山塁威賞共有して暮らす木密のウラニワ (都市工4年有志)
東京の都心周縁部に広がる木造家屋密集地域、その路地のさらに裏側には道路に接道していない無接道家屋群が潜んでいます。私たちは足立区千住西地区をモデルケースとし、無接道家屋群に形成されていた住民たちが共有する土間のような都市のコモンズ空間に着目し、それを発展させながら地域の防災性を向上させるためのウラニワを提案しました。
現在の災害対策で大きなボトルネックとなってきた建て替え時の土地や床面積の減少を逆手に取り、あえて住宅を小さく構えて生み出したウラニワでは、徒歩圏のご近所をあたかも自分の家のようにみんなで共有する新たな暮らしが展開されます。好きや得意を共有する小さなお店や共同菜園、空き家を活用したまちのリビングなどのプログラムは都市において失われつつある地域コミュニティを再生し、非常時の自助共助を引き出します。
この提案が木密地域に新たな価値を創出し、千住西そして東京と言う都市をいつの日か大きく変えてゆくきっかけとなることを期待しています。
川島範久賞洪人のための土のうステーション (末松拓海、青野一平)
皆さんは土のうステーションという存在をご存知でしょうか。土のうステーションとは、市町村などの自治体によって設置された、市民がいつでも持ち帰ることのできる土のうの保管庫です。土のうステーションは非常に多くの自治体に採用され、全国的に設置が進んでいます。(例えば世田谷区では98箇所設置されています)一方で、非常時の持ち帰りやすさを優先し、各所に散らばせた結果、日常時あまり印象が残らないものになってしまっていました。
そこで今回私たちは、土のうステーションと駅前広場を組み合わせた空間とシステムをデザインしました。滞留空間の少なかった閑散とした駅前広場を土のうと日常的に接する居心地のいい空間にすることによって、土のうに対する意識改善を無意識化で図ります。
日常で利用される駅前広場が非常時は土のうというエレメントとして散らばり、土として集められ、ワークショップを経て住民の手で建築へと戻ってくる。日常と非常時がシームレスにつながりながら循環してゆくことで、自然と防災意識は向上するのではないでしょうか。
入賞制作都市 (岡田大輝)
まちづくりにおいて住民の声が反映されないのはなぜだろうか。多くの自治会や市は住民参加型のまちづくりを提言しているが実施に参加している人は少数だと感じている。そこでアンケート調査より原因や参加方法を分析、そこからまちを整える方法を提案する。
敷地は自動車産業で有名な豊田市である。ものづくりが市民に浸透しているこの土地で実際に住んでいる市民が市民の手でまちを整えいく。その際に必要な方針と拠点を設計した。方針は6個の基本的な「形」と「行動」を定義した。そこから住民の手で更にそこから発展していく。
また、拠点には住民が集いまちづくりの方針や実際に製作を行う場として空間を構築した。市民が製作するに当たってFab施設を導入することによって市民の手でも高密度、高性能の製作物が作れる。レーザープリンターや3Dプリンターを活用することにより将来的にはこれらのフォリーや拠点が豊田市全体に広がっていきまちづくりの主役は市民となることを期待したい。
入賞Perch YOTSUYA-Direct Air Capture in Building- (細田夏花)
ターミナル駅四ツ谷に、次世代のフェーズフリーな都市機能「Direct Air Capture in Building」を組み込んだ駅ビルを提案する。
「Direct Air Capture in Building」とは、その名の通り、近年脱炭素化の技術として注目されている、大気から二酸化炭素を回収する技術「Direct Air Capture」をビル内部でコンパクトに行うシステムである。今回の提案では、二酸化炭素分離膜を使用した「膜分離法」によるDirect Air Captureを採用し、二酸化炭素濃度40%まで濃縮後、回収することを想定している。
人の滞留や活動によって、通常の大気よりもさらに二酸化炭素濃度が高くなる都市部の駅ビル内部の空気に着目した。平常時は回収した二酸化炭素を都市ガスや産業用ガス、化学品の原料等、カーボンリサイクル資源としてビル内や都市に供給する。また、非常時は、冷却材や消火剤、近隣病院の医療用炭酸ガスとして供給可能であり、停止した生活インフラを一時的に補う一助となる。平常時の脱炭素化と災害時の人々の安心を実現する次世代の駅ビルの提案である。
入賞水がつなぐ人とまち (島本匠)
失われた水との共生を現代に取り戻すことによってまちなかに水を循環させる。水やりをして植物を育てるように今は使われていない川の水を循環させることで「人・まちを育てるコンヴィヴィアリティなまち」を目指す。
かつてこの地域では、川の水を直接使い生活していた過去があり川を基点に人々の生活を支えていた。一方で、この地域は水害に度々見舞われており、その度に再建してきた過去がある。現在はベッドタウンとして発展していることもあり、都市の機能性を求められた結果、川に堤防を建設し、水路は暗渠となり人々の水との距離は遠くなった。それに加えて、少子高齢化と若い世代の流入により、町内会の行事や地域のお祭りもコロナ以降少なくなり賑わいも減少している。
そこで、「失われた水との共生を取り戻す」ために高瀬川を基点とした「まちなか水耕農園」により町内会の賑わいを生み出すと同時に日常と非日常をつなぐ水路空間の提案を行います。
【審査員選評】学生部門
泉山塁威
応募作品は、災害の種類も、地震、水害、気候変動対応、エネルギー対応と多様で、分野アプローチも、都市から、街、建築、家具、空間デザイン、エリアマネジメント、仕組みなど多種類の異種格闘技戦の様相であった。私たちは災害の多様さや複雑な社会課題に直面していることを改めて感じさせられた。そして、日常と非日常という、難しいテーマによく立ち向かった意欲的な提案が多く頼もしい限りである。災害のことだけを考えると、日常が疎かになるし、日常を考えると非常時には使いにくい、トレードオフの関係にある。これらのちょうど良いバランスの臨界点を探る必要がある。そして、災害のテーマは土木、建築、都市と、それぞれの分野で解決しがちである。それらの分野を統合し、課題解決アプローチや未来思考で、さらなる夢と役立つアイデアを引き続き挑戦してもらいたい。
川島範久
建築は変化する自然に対して応答するようにつくられてきた。自然の変化は、一日周期、一年周期のものもあれば、数十年、数百年、数千年周期のものもある。そう考えれば、日常的に快適に生活するための工夫と、非常時に安全にいるための工夫は、全くの別物ではなく、延長線上のものと言える。太陽が昇り沈むことに応答するように、地震や津波に応答するとはどういうことだろうか。暑い日差しの日があるからといって窓を一切設けないといったことは誰もしないだろう。日差しが気持ちのいい日があったり、外の風景を楽しみたいからだ。そう考えれば災害対策と呼ばれるもののあるべき姿も見えてくるように思う。しかし、近年は人間活動が、環境破壊や気候変動を引き起こし、その災害自体を変化させていることも忘れてはならない。そう考えると、人間活動の基盤である建築・都市のつくり方を、地球環境にダメージを与えない、むしろ再生していけるように変えていくことができれば、それ自体が災害対策になるのである。そして、そのような建築・都市は、地球に暮らす歓びを感じられるものであるはずだ。そのような根源を問う有意義なコンクールだったと思う。
津川恵理
私が建築学生だったときは、防災と聞くと、それは非常時のためのものでありデザインとは程遠いと感じていた。しかしここ15年で、日本各地で大災害の被害にあったシーンを見る機会が増え、建築家として他人事ではなくなった。防災のカギは日常にある。そして多くの人にそっと防災時に役に立つささやかな風景を提供することこそが、非常時に有効であり、そこにデザインの力は必要である。そんなことを改めて気づかされたコンペだった。
参加者の中には、防災を自分事に考えて自らプロジェクトを立ち上げて提案してきた学生も少なくなかった。そのような学生たちに刺激を受け、私も建築家として出来ることを改めて考えていきたい。
中川エリカ
「防災」というテーマを掲げてのコンペはとてもおもしろい。
昨今の災害の多さもあり、提案者である学生の皆さんが、自分の問題として捉え、しぜんと日常と非日常を横断する立ち位置で取り組んでいる姿にとても共感した。
特に印象的だったのは、審査の際に、審査員・提案者という立場・枠組みを超えて、それぞれの普段の考えを踏まえながら、案をよりよくするための策を見出し、発言をしていたことだ。その様子は講評会というよりもワークショップのようで、結論を見出すのではなく、知恵を集めて次に繋げようという雰囲気に満ちていた。これまでプロ・学生を問わず、数々の講評会に参加してきたが、初めての体験でとても興味深かった。
このような機会に恵まれたのは、応募者の皆さんの提案が力作であったこと、そして事務方の皆さんのご尽力によるものであることは言うまでも無いことであるが、この場を借りて、改めてお礼を申し上げたい。
西田司
今回のテーマ「日常と非日常をつなぐデザイン」は、防災というと、どこか遠い話に聞こえてしまう非日常を、いかに日常に繋ぐかを提案する、大変意義深くかつユニークなコンペティションであった。学生部門の最優秀賞になった「都市の奈落」は、街の一部を船のような大地に乗せて水の上に浮かべるというスケールが大きいアイデアで、水害が多い日本の都市状況を逆手に取る切り口であった。西田賞になった「事前解体は街を創造する」は、減築と仮設をセットで考えることで、街のなかに流動的な場所や状況を常に持ち続けるというデザインする対象の時間軸の読み替えであった。他にも運動すると発電するお風呂の提案「オフグリッドオフロ」や、日常的に土嚢を積んで広場を活用する提案「洪人のための土のうステーション」など、明日からでも始められるユニークな日常のデザインも多くあり、彼らが防災をデザインで架橋していく未来の種が感じられた審査会であった。
山本想太郎 (モデレーター)
この近代社会においても、私たちの日常は正しく、機能的な事物だけで形づくられているわけでは当然ありません。ならば災害の多い日本において、非常時への備えも「防災」という堅苦しい論理のみでつくられるものではなく、もっと自然に生活のなかに溶け込んだものの集積であるべきでしょう。そのような思いで企画された本コンクールに集まったモノやコトのアイデアには、災害に対する最適解とはいえなくとも、直感的な楽しさや人のつながりへの期待をおり込みつつ非常時にも効果をもたらすという予感を示すようなものがとても多くありました。それらは新しい防災概念の提示にとどまらず、コンセプトにもとづいた論理的な近代デザインから、日々の営みのなかで生み出されていくデザインへと主流が変化しつつある現代という時代性を映しているようにも思えます。今まさに、まちづくりに「日常(いま)と非常時(もしも)をつなぐ」という新しい文脈が加わろうとしている、その一歩に立ち会えたと感じられる審査となりました。ご応募いただいた皆様、審査員、スタッフ、関係者の皆様に謹んで謝意を表したいと存じます。
JCAABE代表:連健夫